Should be





「いいよなぁ、兄貴は」

「はぁ?いきなりなんだよ」

「ほら、……ミミのこと」


足元の枯れ葉がふわりと風に浮かんだ。

並木道に立つ木々は、緑とオレンジの綺麗なグラデーションに染まっていた。控えめに、けれど確実に、それは一つ季節が終わったことを示していた。


「ミミのことか。いいなぁったって、俺は彼女と付き合ってもないし、これから先会うことだってないんだぜ」

「それはそうだけどさ……」

「お前の羨ましがることなんかないじゃないか」


ポケットからタバコを取りだし、火をつけようとした。だが安物のライターは何度親指を弾かせても、カチカチと不発音がするだけだった。俺は茂みにそれを放った。

それを見ていたジョルジュは少し不快そうな顔をした。ぞんざいに物を扱う俺が不快だったのか、それとも会話の途中でタバコを吸おうとした俺が不快だったのかはわからない。おそらく後者だろう。ジョルジュだって、マナーよく物を大切に扱うタイプではない。


「でもさ、兄貴は彼女と付き合いたいと思えば付き合えたじゃんか」


前に向き直って、ジョルジュがぼそぼそと言った。


「うーん」


確かにそれはそうだ。ミミは俺たちを、いや、俺を引き止めたかったに違いない。
最後に見た、涙に潤んだ彼女の瞳がぼんやりと頭に浮かんだ。だがそのイメージは小さな風に溶けるようにすぐに消えてしまった。

少し肌寒い風にジョルジュのスカーフが揺れる。モノトーンの幾何学模様のそれを押さえて、ジョルジュは眉を下げてため息をついた。



「兄貴だって、ミミのこと好きだったんだろ?」

「好き?俺がそんなこと言ったか?確かに、ミミは優しいし、可愛いし、可憐だし、健気だし……」

「好きじゃん!」

「待て待て。俺はお前みたいに単純に人を好きになったりしないんだよ。とにかくだ、俺が彼女のことを好きだったとしても、今、彼女は俺の恋人ではないんだ。仮に俺が彼女のことを好きでなかったとしたら、好きでもない女に惚れられたってことだ。お前、俺が羨ましいか?」

「う……。でも、俺はミミが好きだもん。俺が兄貴だったら、彼女の想いを受け入れてたさ!」

「で、パリに残るのか?俺が消えても?」


俺が少し強い口調で言えば、ジョルジュは目をそらし、頭をかいた。
こいつはなんてわかりやすいやつなんだろう。

ジョルジュは足元に舞う枯れ葉に何か恨みでもあるのか、一つ一つ踏みつけて歩く。
枯れ葉がつぶれるクシャリという音は、どこか柔らかい響きを持っていた。


「兄貴もパリに残りゃいい」

「やだね。お前の恋愛事情に合わせて動く気はないよ」

「えぇー。じゃぁ俺らコンビ解散?」

「解散、解散」


適当に手をひらひらさせて言うと、むぅ、とジョルジュは唇を尖らせて唸った。


ふてくされて足元をじっと見つめるジョルジュに、俺は内心大きくため息をついた。


全く。少しは否定の言葉くらい思いつかないのか?そんなんいやだ、とか、そんなこと言うなよ、とか。
欲を言えば、兄貴がいなきゃ生きていけない、とか。

……まさかこいつ、自分とミミの甘い生活を思い描いて、俺と離れたら離れたで、ある意味ラッキーだとでも思っているんじゃないか?
この能天気男ならあり得なくはない。


なんて図々しいやつ。





「……まぁ、全くいらない心配だけどな」

「あっひでぇ!」

ジョルジュは目を真ん丸く見開いて、さも衝撃を受けたような顔をして俺を見た。


馬鹿なジョルジュ。お前は俺といるのが一番なのに。
こう言っては悪いけど、お前に女なんて似合わない。
たとえ、あり得ないことだけど万が一、お前がミミと恋人同士になれたとしても、お前はすぐに俺の元に帰って来るさ。
だって俺はいつだってお前の人生の一歩先の目印なんだ。そのはずだ。



……ともあれ、彼女が俺に惚れたのは必然だったってことだ。



「ん?何?」

何も言葉は発していないはずなのに、俺の心を読んだかのようにジョルジュは問いかけた。
直感というか、野生の勘というか。
子供は感覚が鋭く、第六感を持っているなどと聞いたことがある。同時に彼らは、目の前のキラキラした物にすぐに心を移す。もちろん、ジョルジュは幼い子供ではないが、似たものがあるのは間違いない。


「あ!ジョルジュ、あれ、蚤の市じゃね?ほら、あの人だかり」

「わっ運いい!兄貴、行こう!」


俺の指差す先の通りには、いくつものテントが立ち並んでいた。蚤の市は開催される曜日が決まっているところもあるが、そうでないものも多い。客である俺らにとって、その出現は神出鬼没だ。

まだ始まったばかりか、それとも始まるところなのか、おそらく無名の画家が、キャンバスをテントの下に並べていた。カラフルなおもちゃのようなフルーツの並べられた店は既に売り始めていて、大きなかごのバッグを抱えた中年の女が洋ナシを手にとって品定めをしていた。実際、遠目には洋ナシかどうかは定かではないが。

ジョルジュは蚤の市が好きなのだ。綺麗な柄や模様の小物が好きで、こいつは無駄にストールやら帽子を持っている。
走り出そうとするジョルジュに先駆けて、俺は走った。


俺はこいつより先に歩きたいのだ。そうすればこいつは俺を呼んで必死でついてくる。
そんなジョルジュが俺の人生の一部なんだ。



ジョルジュ、お前もそうだろう?